伝統芸能

二十六世観世宗家─観世清和

「想像力」があるからこそ感じられる、奥深い世界の入口へ。

展示の見どころ

人を愛する気持ちや、鎮魂の思いなど、能が扱う普遍的なテーマを感じるための「想像力」を刺激する展示となります。

極限まで削ぎ落とされた型の細部を切り取ることで、「抽象画」のような「型」を解体。動きに込められた内なるエネルギーや意識を見える化します。

約700年続く能は、親から子へと口伝で継承。真似ることで学び、反復することで身体が覚えてきた継承の一部を感じていただけます。

思わず真似てみたくなるような型の動きを解説。「実際に舞うと、能はもっと楽しくなる」ということを体感していただけます。

<取材記>展示企画クリエイターが、東京・銀座の観世能楽堂を訪ね、能の魅力をレポートします。

およそ700年前、室町時代に花開いた能の創始者である観阿弥・世阿弥父子の流れをくむ能楽最大の流派「観世流」。東京・銀座の「GINZA SIX」地下にある観世能楽堂に、観阿弥・世阿弥の子孫である二十六世観世宗家・観世清和さん、嫡男の三郎太さんを尋ね、能楽の魅力、その楽しみ方、さらには継承についてうかがいました。

能は「省略」を美とする演劇です。背景はいつも同じ一本の若松で、演目によって変わることはありません。型とよばれる所作も、極限まで削ぎ落とされています。そのため、少々難解と思われがちですが、観世宗家はその簡略された型は、美しく描かれた「抽象画」と考えればよいと教えてくれました。

観世能楽堂の舞台

たとえば「サシコミ」「ヒラキ」という基本の型は、扇をもつ右手を前に出しつつ進み(サシコミ)、左右の手を大きく開いて戻る(ヒラキ)という動き。たったこれだけの動きですが、この中にも心の振幅が表されているといいます。

「具体的に目の前にある海や山、川などを指す場合もあります。もしくは、気持ちが前へ行くのだけれども、また後退りするという意味をもつこともあります。差し込んだ場所に思いを残すのだけれど、開くことで豊かにもなります。相当凝縮された動きです」

それを聞いたうえでもう一度型を見てみると、確かに行きつ戻りつする心の揺れ動き、さらにはそこに残された気持ちが浮かび上がってきて、先ほどまでは気づかなかった、はかなさ、切なさも感じられる気がします。

「サシコミ」(左)「ヒラキ」(右)の型を舞う観世三郎太さん

それならば「抽象画」であるこうした型を、実際はどのように見ればいいのでしょう。
「大切なのは、想像力」だと家元は言います。

「能の謡(うたい)は、古い言葉に節づけがしてあるので、その言葉のすべてを正確に理解するのは難しい。だからこそ想像力が必要となります。
非業の最後を遂げた主人公(シテ)が地獄から舞い戻り、幽霊となって出てきたとします。そのとき、この人はいったいどのように命を落としてしまったのだろう。奥さんや子どもはいなかったのだろうか、大切な人を残して逝くのは、さぞつらかっただろうというように、いろいろと想像することができます。そうした素直な心で、ご覧いただくとよいのだと思います」

そのように想像することで立ちのぼってくるのは、単なる歴史上の人物ではなく、かつて生きていたひとりの生身の人間の姿です。そこには悲劇の武将もいれば、捨てられた老婆、夫を待ちわびた妻などがおり、能はそうしたさまざまな立場の人々の心情を描いてきました。

物語のテーマは普遍的なもので、人を愛する気持ちや、苦しんで命を落としてしまった人に寄り添うやさしい気持ち、そして鎮魂の思いでもあります。

『源氏物語』『平家物語』『伊勢物語』『万葉集』『古今集』など、能は古典文学や和歌を題材にしたものが多くあります。
「能を見るときに、それらの原典を読むことから始める必要はもちろんありません。なぜかというと、能は物語や和歌の真髄というものをしっかりと表現しているからです。だから原典を読まずとも、能を見ることによって、その深さや奥ゆかしさを感じることができるのです」と観世宗家は言います。

二十六世観世宗家・観世清和さん(右)、嫡男の三郎太さん(左)

海外で能を公演するときに気をつけていることは、柳や桜など植物の精を題材にした演目は上演しないこと。

「日本人には、“もののあわれ”を感じる心があり、草にも木にも命があり、死んだら成仏して天国へいくと考えています。ところが、欧米の人にいわせると、草木が話すわけがないし、ましてや天国へなど行くはずがないとなる。万物の再生というのは、イエス・キリストの神名のもとにあるから、幽霊というものは一種類しかいないのです。けれども、日本の場合は、男の幽霊もいるし女の幽霊もいる、子どもの幽霊だっているといように、幽霊にもいろいろな種類があります。それが日本人の心のやさしさ、“もののあわれ”を感じる心なのです」

観世宗家はまた「能はライブ」だとも教えてくれます。
「まず能楽堂に着き、楽屋に入ってなにをするかというと、舞台袖にある五色の揚幕から、その日のお客様の顔ぶれや雰囲気を見ます。だからといって、お客様に迎合するわけではありません。おのれの日々の研鑽、日々の稽古のうえで、謡ったり、舞ったりするのですが、お客様の空気を感じながら舞うことがとても大切なのです。

もう亡くなった方ですが、ジャマイカのボブ・マーリーというシンガーのドキュメンタリーを見たときに、とてもいいことを仰っていたのを覚えています。彼が身体を揺らしながら歌っているとき、お客様との振動のようなものが、空気として押し寄せてくるのだと。そのことを聞いて、ああ、同じだなと思ったのです。僕らも700年前から、それを大切にしてきていましたから。もちろん能にかぎらず、歌舞伎でも文楽でも同じなのです」

頭で考えて、すべてを理解しようとしなくてもいい。そこにある音を受け止め、想像力を働かせながら感じればいい。共振しながらライブを楽しんだっていい。家元の言葉を聞いて、能の楽しみ方が一気に広がった気がしました。

かつて先代から教えられたのと同じように、三郎太さんに稽古をつける観世宗家

能の稽古も身体で感じて、覚えてゆくのが基本だといいます。頭であれこれ考えるのではなく、とにかく反復することで、身体に覚え込ませていくそうです。

謡に関しても、師匠と弟子が一対一で向き合って稽古をします。そのとき謡本(うたいぼん)は一切使用せず、師匠の謡を真似ることで覚えていくといいます。大切なのは、師匠の謡を身体に浴びさせること。弟子は耳で謡を聞くのではなく、身体で浴びて感じた謡を真似ることで学んでいきます。

「“真似る”は、“学ぶ”の語源です。この浴びて、真似るということを繰り返して、弟子は謡を習得してゆきます。したがって、たとえ稽古であっても、こちらも相当の圧力と気迫をもって望みます。子どもは純粋ですからね。手を抜いたり、調子悪かったりすると、すぐに見抜かれてしまいます」

こうして、教える側も自分の魂を削って注ぎ込むことで、能は700年近く、師匠から弟子へと口伝で受け継がれてきたといいます。

家元は言います。
「息子に稽古をつけているときに、この言葉、どこかで聞いたことあるなと思ったことがありました。それは亡き父、先代の言葉でした。乗り移っているのですよね、自分に父親が。そのことに気づいたとき、これが伝承なのだろうと思いました」

一方、幼いころから稽古に励んできた三郎太さんですが、まだ「継承」のことは意識していないと言います。
「父や先輩方の教えを聞いて、今は毎日の稽古をとにかく積んでいくだけです。そうしていくうちに、いつか父の背中に追いつき、そして追い越せるように日々精進いたします」

父である二十六世観世宗家・観世清和さんに師事して、5歳で初舞台に立って以来、数多くの舞台を勤めている三郎太さんは現在20歳で大学生。周囲の友人たちは、能に興味をもっている人が多いにもかかわらず、「能は敷居が高いと思われている」と感じています。

「そうした人たちには、とにかく一度、舞台を見に来てと言っています。人によって能の楽しみ方って違うと思っています。ある人は謡をいいなぁと感じるかもしれないし、面(おもて)がきれいだなぁと思う人もいるでしょう。自分なりの楽しみが絶対にあると思うので、まずは見て、感じてほしいと思っています」

自分で舞うと、能はもっとおもしろくなると、家元はいいます。
能を稽古して、観ることで、何倍も楽しめるからです。
織田信長も豊臣秀吉も、徳川家康もそれを知っており実践していました。

本展『無形にふれる』では、型の細部を切り取ることで、思わず真似てみたくなるような展示をします。そして、自分なりに型を真似てみることで、動きに込められた内なるエネルギーや意識に気付き、「想像力」を働かせやすい状態をつくります。

能は「世界最古の舞台芸術」ですが、その表現方法は誕生から700年近くたった現在でもまったく古びることはありません。想像をすることで、より楽しめる能の世界を体験してみてください。

伝統芸能

二十六世観世宗家 観世清和

二十六世観世宗家。重要無形文化財総合認定保持者。
1959年 二十五世観世左近元正の長男として生まれる。1990年 宗家継承。観阿弥・世阿弥の子孫。観世流家元として年間80番以上のシテを勤め、その数は斯界随一であり、能楽界を代表する。国内はもとより世界各地で公演、中でも2016年7月 ニューヨーク・リンカーンセンターにおける招聘公演(5日間6公演)は連日満員の盛況で極めて高い評価を得る。2017年には、渋谷区・松濤「観世能楽堂」を観世家ゆかりの地「銀座」へ移転し約150年振りの帰還を果たした。さらに(独)日本芸術文化振興会評議員として日本の伝統芸術の保存と継承に寄与し後進の育成にあたる。芸術選奨文部大臣新人賞、フランス文化勲章シュバリエ、芸術選奨文部科学大臣賞、伝統芸能ポーラ賞大賞、平成27年紫綬褒章、JXTG音楽賞など多数受賞(章)。
著書・共著・監修に『観世清和と能を観よう』(岩崎書店)、『新訳 風姿花伝』(PHP)、『能はこんなに面白い』(小学館)などがある。
web | https://kanze.net

クレジット

取材・編集 : 岡田カーヤ
写真 :在本彌生

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