伝統工芸

九谷赤絵─見附正康

妥協なき緻密さ、点と線が織りなす「赤の世界」へ。

「赤絵細描網花紋香合」

展示の見どころ

九谷焼の赤絵細描(あかえさいびょう)という技法で描かれる複雑な文様。その中へ入り込むかのような展示をします。多くの人がルーペで覗き込みたくなるという曼荼羅のような文様の緻密さ、繰り返すパターンの正確さ、それをつくりだす技術、赤という色がもつ神秘性など、さまざまな「驚き」を体験できます。

見附正康さんが制作した作品を展示します。東京では初公開となる作品も展示。重要無形文化財「紋紗」保持者の土屋順紀さん、截金ガラス作家の山本茜さんとのコラボレート作品もお楽しみいただけます。

繊細な文様を描き出す、素材、道具をご覧いただきながら、実際に筆で線を引く体験をしていただけます。

<取材記>展示企画クリエイターが、見附正康さんの工房を実際に訪ね、九谷赤絵の魅力をレポートします。

まるで宇宙か曼荼羅か。
九谷赤絵作家、見附正康さんの作品を初めて目にしたとき、その緻密で複雑な作品の中へと吸い込まれていくような錯覚に陥りました。赤の文様をさらにじっと見つめると、線と点で構成された連続するパターンには、ところどころに金彩と、澄んだ青空のようなブルーのドットが入れられているのが見えてきました。そのさりげない2色が差し色となって全体を引き締め、洗練された印象を与えているのでしょう。これまでの九谷焼のイメージとは異なる独自の世界観に、取材班一同、うっとりと長いため息をもらしていました。

見附さんの作品は、石川県南部に伝わる色絵の陶磁器、九谷焼のなかで最も細かさが必要とされる「赤絵細描」で描かれています。香炉や茶碗などの小さなお茶道具から、直径48センチほどの大皿まで、赤絵の世界を自由な構図でつくり続けています。

制作中の「赤絵細描網手茶器」

1ミリの中に3本もの線があるくらい、細い線で描かれたパターンですが、驚くことにデザインの下描きをすることはないといいます。コンパスや鉛筆でだいたいのあたりを付けた白い磁器に、直接筆で描いていきます。使っている筆はイタチの毛で、細い線が描きやすいよう、周りをカットして使用。毛足の長い筆に、赤色の顔料をたっぷりと含ませることで、ムラがでない均一な濃さで描くことができるそうです。

赤い顔料をたっぷりふくませて描かれていくパターン。焼き付けを行ったあと、さらに太い筆で面を塗るなど、濃淡をだしていく。

「この線が太くなると品がなくなってしまうし、ムラになると汚く見えてしまうんです」という見附さん。見ていると、その筆運びには少しの迷いもなく、規則正しいパターンがあっという間にできあがっていきます。
ちょっと手が触れただけで線がこすれて台無しになってしまうので、描き進めるたび、窯にいれて焼き付けをおこない、磁器に線を定着させるのだそう。この焼き付けの作業を、小さな茶碗でも最低5回はするといいます。

自分に対する妥協は絶対に許しません。パターンがしっくりいかないとき、少しでも気になるところがあるときは、何度でもやり直しをします。

「描いてみてヘンだなと思ったら、何回でも消してやり直します。焼く前だったら消すことができるので。妥協しちゃうと全部作品にでてしまう仕事です。そういうのって、絶対に伝わってしまうので」

加賀市片山津にある工房にて。

子どもの頃から書道を習い、絵を描くことが好きだった見附さんは、高校卒業後、父親の勧めで九谷焼技術研修所へ入学。伝統的な絵付け、成形、焼成などの技術を教わるなかで、赤絵細描と出合いました。

「最初は、細かさに惹かれました。細かいものを描くのが好きだったので、それが楽しかったのだと思います。自分なりにきれいに描けていると思ったんでしょうね。どんどん好きになっていきました」

そういう見附さんは、研修所を卒業後、赤絵細描の第一人者で授業の担当でもあった福島武山(ぶざん)さんに弟子入りを希望。しかし、内弟子は女性しかとっていなかったので、見附さんは九谷焼の販売や、絵付け体験コーナーでアルバイトをしながら、週に2回ほど先生の工房へ習いに行くように。そんな日々が10年ほど続いたといいます。

内弟子の先輩たちや、同級生たちは毎日筆をもっている。当然、焦りもあったといいますが、そんな中でも見附さんは、「自分らしさ」を表現できるものを常に考えていたといいます。
「片山津という場所に工房を開きたいと思っていたので、自分のものをつくらないとみなさんに知っていただけない。福島先生と似たようなものつくっても真似になってしまうので、自分の表現というものを探していました」

「赤絵細描大皿」。大皿の作品は、遠くから眺めたときに違う印象になるよう、構図を工夫している。

修業時代に行ったヨーロッパで、建築や教会の天井、椅子の装飾などのパターンにインスピレーションを得て、自身の作品に取り入れ始めます。以降、「自分が好きなもの、きれいだなと感じるもの」に発想を得ながら、どんどん細く、密度が高く、複雑な構造をもつ世界へと進化してきました。

大きな作品を描くときは、作品の途中、途中で写真を撮るなどして、遠くから眺めるようにしているといいます。「描いているときって、部分しか見えてなくて、そのままだと平坦になってしまう。そうでなく、どこを引き締めるか、強くするか考えながらやっています。近くから見る世界、遠くから見る世界、両方を楽しんでほしいと思っているので」

そういわれて大皿の作品を遠くから見ると、近くばかりを見ていたときとは、違ったものが浮かび上がってきます。

時間があるときは、朝から晩まで作品づくりにとりくむ見附さん。作品を楽しみにしてくれる人のため、全く同じ構図のものはつくらない。似た構図でも新たにアレンジします。

朝から晩まで作品づくりを行っている見附さんは、独立して10年以上たった今でも、「描くのが楽しくてしかないんです」と笑います。

「瓔珞(ようらく)」「七宝文(しっぽうもん)」「青海波(せいがいは)」といった伝統的なモチーフを発展させて描くこともありますが、構図は自由に発想。毎回、新たな挑戦を行っています。

「昔ながらの赤絵作風の技術は素晴らしいと思うのですが、九谷赤絵の代表的な構図は、真ん中に仙人などの人物画が多く、その回りに小紋など描かれています。僕が思うにはそれが描かれた当時はオシャレで最先端のデザインだったのでしょう。ですがライフスタイルも変わり、 今は違うように感じます。だから僕たちが生きている現代の美しさ、かっこいいと思うものを、僕は作品に残していきたいと思っています」

こうした世界は、自分では「赤」という色が一番表現しやすかったと見附さんは考えています。使用しているのはベンガラと呼ばれる赤色顔料を何種類も調合してつくりだす「艶のない落ち着いた色合いの赤」一種類のみ。線の密度と、濃淡により、グラデーションをつくりだしています。「艶がありすぎると、奇抜になりすぎてしまう。きっとこの赤だからこそ、細かさに耐えられるし、この世界が表現できるのでしょうね」

本展では、こうして描き出された文様をじっくりと感じていただく展示を展開します。文様の緻密さ、繰り返すパターンの正確さとともに、赤という色がもつ神秘性などを体験していただくことができます。心躍る華やかさ、自身の内面を見つめるかのような深い落ち着きなど、見ている人にさまざまな印象を与える見附さんの「赤」の世界をお楽しみください。

伝統工芸

九谷赤絵 見附正康

1975年石川県生まれ。加賀市片山津に工房を構え、九谷焼の伝統技法のひとつ「赤絵細描」の作品を制作。子どものころから書道や絵画を得意とし、高校卒業後、石川県九谷焼技術研修所へ進む。九谷焼の基礎的な技術を学びながら、途絶えていた赤絵細描を復興させた第一人者である福島武山に出会ったことで赤絵細描に魅了される。卒業後、外弟子として10年間師事して技術を習得した。伝統技法を受け継ぎながらも、緻密な線で描かれた遠近感ある独特な文様で構成された茶器、大皿などの作品は、白の磁肌に艶を配した落ち着いた赤色が映え多くの人々を魅了している。2010年、第1回金沢・世界工芸トリエンナーレ展(金沢21世紀美術館)、2014年、日本スイス国交樹立150周年記念の一環として行われたロジカルエモーション-日本現代美術展に出品してスイス、ポーランド、ドイツを巡回するなど、国内外の展覧会に出展。同年に三重県で開催された第9回パラミタ陶芸大賞展で大賞を受賞した。

クレジット

取材・編集 : 岡田カーヤ
写真 : 在本彌生

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