民俗芸能

有福神楽保持者会

舞う人、打つ人(囃子方)、見る人、三者一体となって生まれる濃密な時間。

展示の見どころ

毎年秋に行われる「下有福八幡宮」の例大祭。夜8時30分から翌朝6時30分まで、夜通し奉納される有福神楽(ありふくかぐら)の魅力を体験できる展示となります。

舞台を清め、神をおろす神事舞から始まり、力強く勇壮な舞、煙ともに現れるいたずら好きの鵺(ぬえ)、ダイナミックな大蛇(おろち)など、途切れることなく演目が続き、朝まで続く様子を再現。跳ねるような太鼓のリズム、軽やかな笛の音を身体に響かせながら楽しめます。

金糸銀糸が織り込まれた豪華絢爛な舞台衣装とともに、石州半紙でできた神楽の採物を展示。公演ごとに作られるという赤、緑、白の採物は、実際に手にとってご覧いただけます。

<取材記>展示企画クリエイターが、実際に島根県浜田市にある下有福八幡宮の例大祭を訪ね、有福神楽の魅力をレポートします。

島根県西部の石見地方では、毎年秋になると、五穀豊穣を感謝して、あちこちの神社で神楽が奉納されています。浜田市の山間の町、下有福町にある下有福八幡宮は、毎年10月第2日曜日が例大祭。2019年10月13日、夜もどっぷり暮れた8時30分から始まった神楽は、辺りが明るくなった6時30分頃まで10時間もの間、休むことなく奉納されました。

舞っているのは「有福神楽保持者会」のメンバーたち。観客たちは焚き火のまわりや神楽舞台の横で、それぞれが持参した毛布をかけたり、折りたたみ椅子に座ったりと、思い思いのスタイルで神楽を鑑賞。その様子を見ていると、子どもからおとなまで世代を超えて愛されているからこそ、地域にしっかりと根づいていることが伝わってきました。

神を迎え入れておろす儀式舞『剣舞(けんまい)』

天岩戸に隠れてしまった天照大御神(アマテラスオオミカミ)を、踊りによって誘いだす『岩戸』

「有福神楽」は、島根県西部の石見地方に伝わる石見神楽のひとつで、江戸中期の明和年間(1760年頃)、神職が舞い始めたことが発祥。五穀豊穣を感謝し氏神さまへと奉納されていた神事の舞でしたが、明治以降、民間でも舞われるようになったことで、娯楽性が高い芸能へと進化してきました。

有福神楽保持者会のレパートリーは、厳かに神様を迎える儀式舞のほか、古事記や日本書紀などをベースにした神話ものなど39演目。金糸銀糸が輝く豪華絢爛な衣装に、表情豊かな面をつけて繰り広げられる舞は、勇壮でダイナミック。花火の火花が飛び散る中、長い胴体の大蛇がうねり、とぐろを巻くなど、舞台演出にも趣向が凝らされています。

丹波国の大江山に現れた悪鬼、酒呑童子を退治する『大江山』

有福神楽の魅力を、「なんといっても、二段跳ばしでお宮の階段を駆け上がりたくなるようなリズムでしょうね」と言うのは、有福神楽保持者会の会長、佐々木昌延さん。20代で神楽を始めて、今年で61年目の大ベテランという佐々木さんでも、跳ねるような太鼓のリズムに、軽やかに上がり下がりする笛の調べが響き渡る神楽囃子を聴くと血が騒ぎ、わくわくと心が躍るといいます。

この地方で神楽が盛んな理由を、石見人の気質が関係しているのではないかと佐々木さんは考えています。

『大江山』

「気性がさっぱりしているから、こういうリズムに気持ちが乗りやすいんでしょうね。気質と神楽囃子がよく合っているんです」と佐々木さんは笑います。佐々木さんを始めとした保持者会の方々は、話し方にキレがあり会話もテンポよく進んでいきます。そして、ところどころで言葉遊びのような冗談を言っては、楽しそうに笑っています。

神楽のなかにも、漫才のようにテンポよく掛け合いで話をするパートがあり、気迫あふれる舞の合間に会場は穏やかなムードに包まれます。さらには、鵺がでてきて観客の中に飛び込んでくる演目、酒を注いだ大きな盃が観客にも回ってくる演目、観客の中から飛び入りを募集して、一緒に舞う演目など、会場全体で盛り上がる仕掛けがところどころに登場。神楽は神様だけのものではなく、人間も楽しんでいいものだということに気付かされます。

源頼政が鵺(ぬえ)という怪物を退治する『頼政』。途中、煙とともにいたずら好きの鵺が登場する

「多くの伝統芸能の舞台は素人が入ったら台なしになりますよね。だけど、神楽は飛び入りが入ることによって、笑いが生まれておもしろいことになる。それが郷土の芸能のいいところではないかと思うんです」と佐々木さんは言います。

こうして見ている人も一緒に盛り上がる演出を大切にする一方、先祖から継承されてきた核の部分は、今も大切に守られています。たとえば、演目のなかでの口上(台詞)は、教えられたとおり忠実に伝承するのが基本。舞台では一言一句変えることなく口上を述べ、アクセントが現代風にならないよう、若者たちにも指導しています。

鬼二人、神二人の対決シーンが見どころの『人倫(じんりん)』

ダイナミックに魅せる舞を重視するだけでなく、もともと石見神楽の特徴であった腰を低くして、「地低くゆっくりと舞う」動きも大切にしています。石見地区の多くの神楽がテンポの速い八調子を主体とするものが中心となっているなか、有福神楽では六調子を主体とする、ゆったりとしたテンポの舞も大切に舞われています。

神舞(しんまい)のパートは六調子のゆったりとしたリズムで、鬼が出てきて闘うパートになると八調子の早いリズムへと変化する演目も多数。リズムが変わると、舞の動きと一緒に太鼓や笛の音も熱を帯びて盛り上がり、会場のエネルギーが熱くなっていくのが伝わってきます。

有福神楽子供神楽社中による『恵比寿』は夜中2時ごろに奉納。子どもも大人にまざって舞ったり、演奏したりすることもある。

神楽は「舞う人」「打つ人(囃子方)」「見る人」、3拍子そろってこそ盛り上がるといわれています。
舞う人とお囃子が合っていないと、良い舞にならないのはもちろんのこと、見ている人たちに喜んでもらえないのは、もっといけない。会場が渾然一体となってこそ、神楽はさらに楽しくなるのです。

佐々木さんは言います。
「お客さんあってこその神楽だからね。舞の練習をするときも、ひとりで百回やるよりも、お客さんの前で真剣に舞うことで、気持ちが入ってくる。気持ちをもって舞えば芸は違ってきます。ゆっくり地低く舞う、動きがないような動きや、つけた面を飛び出してくるほどの気迫。そういうのを感じてもらって、お客さんに喜んでもらうというのが一番大事なことなんです」

『大江山』の対決シーンを見つめる男の子

有福子供神楽社中による『恵比寿』

こうして夜通し奉納された神楽が終わると、見ているだけでもクタクタになるので、たくさんの演目を舞い、その合間にお囃子の演奏をしていた保持者会の方々はもっと疲労困憊でしょう。しかしながら、例大祭を終えた数時間後、違う場所で神楽を上演し、さらにその次の日には違うお宮で神楽を奉納するというから驚きです。毎年、秋になるとこうした日々が続くから、神楽をやらないほうが、身体がおかしくなってしまうのだそうです。

「好きじゃないとやっていられない」
保持者会の方々は口を揃えて言い切ります。きっと小さい頃から、夜通し奉納される神楽をかぶりつきで眺めてきたのでしょう。子どもからお年寄りまで、みんなが同じ場所に集い、寝っ転がったり、お酒を飲んだり、思い思いのスタイルで楽しさを共有しながら、郷土の芸能が受け継がれてきたことがよくわかります。

本展でも、「舞う人」「囃子方」「見る人」の3拍子そろった神楽の魅力を体験できる展示をします。お宮の階段を二段跳ばしで駆け上がりたくなるような心躍るリズムとともに、神楽が生み出す一体感ある濃密な時間を体験してみてください。「民俗芸能」の新しい魅力が発見できるでしょう。

民俗芸能

有福神楽保持者会

島根県西部、石見地方に伝わる神楽のひとつで、浜田市下有福町において明和年間(1764年〜)頃から伝承された有福神楽。保持者会は1700年代に設立したといわれている。もともとは神職によって奉納されていた神事が、やがて氏子たちもともに奉ずるようになり、明治以降、太鼓や笛のリズミカルな音色にのせて、絢爛豪華な衣装とともに派手に舞いあげる劇性の高い神楽となった。石見地区の多くの神楽がテンポの速い八調子を主体とするものに変容しているが、有福神楽には六調子を主体とする、ゆったりとしたテンポの舞も多く残される。1964年、島根県指定無形民俗文化財となる。伝統的な舞の伝承とともに、創作神楽にも力をいれて取り組んでいる。毎年10月第2日曜日、下有福八幡宮の例大祭で、夜9時から明朝6時まで神楽を奉納。近隣の祭りやイベントなど、年間をとおして約40公演ほど行っている。
出演記録映画 | http://www.polaculture.or.jp

クレジット

取材・編集 : 岡田カーヤ
写真 :在本彌生

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