伝統芸能

京舞井上流 ─井上安寿子

女性の美しさと芯の強さが感じられる、凛とした舞姿。

展示のみどころ

本展では京舞井上流の感情表現に注目。いろいろな演目の中で舞われる感情表現にまつわる動きを、まるで師匠に稽古をつけてもらっているかのように、体感していただくことができます。

舞になくてはならない扇子とともに、世代ごとにブラッシュアップし続けてきた京舞井上流の家元たちの功績を展示します。

<取材記>展示企画クリエイターが、井上安寿子さんの稽古場を実際に訪ね、京舞井上流の魅力をレポートします。

江戸時代中期に誕生して以降、代々女性によって受け継がれてきた京舞井上流。創始者の井上サトが近衛家で御殿勤めしていたときに身につけた立ち居ふるまい、平安時代に起源をもつ白拍子舞、中世に発展した曲舞などをベースに、能の型、人形浄瑠璃の良さなどを取り入れながら発展してきました。京都の花街のひとつ祗園甲部の芸妓・舞妓が習う唯一の流儀が井上流で、京都に春を告げる「都をどり」にも大きく貢献しています。

能や歌舞伎、人形浄瑠璃など日本の芸能のさまざまな要素が凝縮した京舞井上流ですが、その舞は女性ならでは。しなやかさとともに、芯の強さ、空気を切り取るような鋭さを兼ね備えているのが特徴です。それはときとして、はっとする動きも生み出します。

「日本舞踊には“舞”と“踊り”があり、うちの流儀は“舞”の流派です。“踊り”の流派は歌舞伎とのつながりが濃い流派が多く、男性が女性となって踊る歌舞伎舞踊では、肩を小さく見せたり、しなをつくったりと、どれだけ女性らしく見せられるかがものすごく研究されています。それに対して、うちの流派は女性で繋いできたから、女性らしいしなをつくったり、体を小さく見せたりする必要なく、女性の体を活かして、どのように美しく見せられるかということを大切にしてきました。たとえば、動きを止めるのでも、余韻を必要とせず、ぴたっと止めるのがうちの流儀なんです」

そう解説してくれるのは、井上流の若き後継者である井上安寿子さん。
安寿子さんは、京舞井上流五世家元 井上八千代さんを母に、能楽観世流九世 観世銕之丞(かんぜてつのじょう)さんを父にもち、2歳から稽古に励み、17歳で名取となりました。

井上流の若き後継者である井上安寿子さん。

稽古場で、安寿子さんに披露していただいた舞は「凛とした」という表現がぴたっとくる美しさ。腰を低く落とし、ぴんと伸ばした立ち姿から生まれる動きは、無駄を排した直線的なものでありながら、細やかな気が指先にまで宿り、しなやかさとともに力強さを併せ持っているのが感じられます。

表情はつけずに、舞だけでさまざまな感情を表現するのも京舞の特徴。あふれんばかりの悲しみ、胸をえぐられるような切なさ、鬼気迫る怒りや恨みなどが、簡素化された少ない動きにもかかわらず、目線の動かしかた、力をたくわえてから動き出すためなどによって、周りの空気を震わすかのように、ひしひしと伝わってくるのです。

こぼれ落ちる涙を手で受ける悲しみの表現(しおる)。能の型からきている。

扇で顔をかくす「恥ずかしい」という気持ちの表現。

京舞で多い感情の表現は、悲しみに関することだと安寿子さんは教えてくれます。

「こぼれ落ちる涙を袖で受けたり、さめざめと静かに泣いたあと、袖で受けた涙を見て、振り払う動きもあります。袖を見る動きは、自分の悲しさがものとして落ちてきているから、それを確認するために、もう一度見ているのでしょうね。 “涙の袖”は歌詞にもよく出てくるので、舞でも袖の表現でも多く用いられています」

一方で、突然、「どん!」と大きな音で、床を踏み鳴らして、愛しい人と添い遂げたいのにできないという葛藤、さらには怒り泣いている様子を何度も激しく床を踏みながらしながら表現する動きもあるのだそう。京舞において、感情表現がこれほど豊かなものなのかと驚かされました。

「表情は自然とでてしまうのは仕方ないとされていますが、とくに芝居をしているわけではないので、笑ったり、悲しい顔をわざとつくったりする必要もないんです。また、京舞はお座敷で発展してきたものなので、ぼんぼりの薄暗い明かりだと、表情がないほうが美しみえるのでしょう。その表情をどう読み取るかは、お客さん次第。まさに“陰翳礼讃”の世界です」と安寿子さんは解説してくれました。

本展『無形にふれる』では、京舞井上流の感情表現に注目しました。いろいろな演目の中で舞われる感情表現にまつわる動きを、体感していただくことができます。その姿は、凛としていながらも、いじらしくてチャーミング。現代を生きる女性たちの心にも響くことでしょう。

京舞井上流では、師匠と弟子が向き合って、鏡合わせのように教える「左稽古」と呼ばれる方法で、これまで舞が伝承されてきました。会場では、まるで安寿子さんにお稽古をつけてもらっているかのような臨場感も味わうことができます。

また、新しいものを取り入れながら流儀を固め、それぞれの時代でクリエイティブに進化させてきたのも京舞井上流の特徴。会場では、井上流を支えてきた歴代の女性たちの紹介とともに、舞に欠かせないデザイン性に富んだ扇も登場します。

母である五世井上八千代さんから、鏡写しで稽古をうける井上安寿子さん。

現在、安寿子さんは、祗園甲部にある八坂女紅場学園の舞科教師、京都造形芸術大学非常勤講師を務めて後進の育成とともに、京舞公演「葉々(ようよう)の会」を主宰して、多くの人に舞を見てもらう活動にも力をいれています。

「日本舞踊を目にする機会が、最近はどの世代でも少なくなってしまいました。眠っちゃだめだ、気合いいれていかないといけないと思われているかたも多いと思います。たしかに、ライブのように一緒に飛び跳ねて楽しむものではありませんが、まずは気負わず、力まずにご覧いただけるといいなと思っています」

そういう安寿子さんは、リサイタルのパンフレットに、演目のストーリーや登場人物のイラストを友人の漫画家に描いてもらって、できるだけ多くの人に親しんでもらえる工夫をするとともに、京都の神社仏閣で公演を行い、居合わせた参詣者に見てもらう公演ができないかとも考えているそうです。

これまで歴代の女性たちが受け継ぎながら、心のありようを表現してきた京舞井上流。その凛とした舞い姿からは、多くのものを感じられるはずです。

伝統芸能

井上安寿子

昭和63年能楽観世流九世観世銕之丞と京舞井上流五世家元井上八千代の長女として京都に生まれる。2歳より稽古を始め、四世及び五世井上八千代に師事。3歳で「四世井上八千代米寿の会」にて初舞台(上方唄「七福神」)。平成18年井上流名取となる。平成23年京都造形芸術大学卒業。平成25年井上安寿子主宰の京舞公演「葉々(ようよう)の会」を発足。同年第50回なにわ芸術祭新進舞踊家競演会新人賞、平成27年京都市芸術新人賞、平成28年第36回伝統文化ポーラ賞奨励賞、平成30年東京新聞第1回日本舞踊新鋭賞、平成31年芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
web | http://www.arc.ritsumei.ac.jp/k-kanze/

クレジット

取材・編集 : 岡田カーヤ
写真 : 秋山まどか

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